最後のお迎え 【女子アナごっこ】
睡眠不足で、つまんない道を、罪悪感のない不倫夫を迎えに運転する。
ああ、馬鹿らしい。
松虫の血圧は、相当高くなっているはずだ。数値を見てしまったら、もう何も対処する気にも、対策を考える気も失せることだろう。だから、あえて計らなかった。
今は、家族最大の危機‼
危機を回避せねば。私が‼
空襲から家族を守り、逃げるよりましよ。
などと母から聞いた昔話を思い出し、自分を落ち着かせた。 鈴虫のこの状況も、この悲劇も、のちには笑い話になるんだよ。きっとそう。そうなんだと自分に言い聞かせ、心を落ち着かせ、運転していたんだ。
それから車内で、こんな独り遊びを始めた。
【ご町内の皆様、不倫暴風波浪警報にご注意ください。】
【今週よりこの地区で、既婚男女による不倫事件が発生しております。】
【危ない橋には、絶対に近づかないでください。】
【肉欲の水位が上昇し、大変危険です。】
【不埒な既婚男女には、充分に警戒をし、備えて下さい。】
等々のセリフを、女子アナ気取りでしゃべり続けた。
悲劇を喜劇にできる気がした。今後の松虫、鈴虫も。
なんて、マジ思ったね。この時はさ。
あまりにも、この女子アナごっこが松虫には楽しくて、後に長男船虫に話した。
たら、ピクリとも笑わない。 え?面白くないの?
後に離婚経験者の友人に話すと、松虫にとって鈴虫は所詮他人。だから手放しで笑える。 しかし、息子さんにとっては、親。肉親のことは、笑って済ませないものよ。
なるほど。自分の心の維持しか考えていませんでしたと、反省反省。
しかし、渋滞するつまらない道だこと。鈴虫が勤務する店は。
ネタが尽きるほど女子アナごっこしても、まだ到着しない。